りなっくま日記

カナダ人のスコットと国際結婚、初マタ🤰

東北地震

日本で地震が起きたそのとき、私はバンクーバーのホテルですやすや眠っていた

パソコンもない、携帯も通じない環境で、そのニュースを知る由もなかった

スケートをしよう、という話になりスケート場に行ったがなぜか閉館、

仕方なくバスに乗りショッピングにでかけようとしたところだった

降りるバス停に悩んでいたら、ある女性が話しかけてきて場所を教えてくれた

「どこからきたの?」と言われ「日本です」と応えるとかなり驚いた表情で

「日本で(カナダ時間で)深夜、津波があったのよ」

「たくさんの人が死んだのよ」と言った

なんの話をしているのだろう、この人は。と全く信じられるわけがなかった

この人は何か勘違いをしているな、日本とNZを間違えたのかな。と本気で思っていた

日本で津波警報が出ることだって珍しくないし、日本でたくさん人が死んだなんてそんなはずない。

少し気がかりではあったけど、情報を手に入れる術もない(二人とも携帯が圏外)ので

ショッピングを続けていたある小さなお店で

店員と客が何やら深刻そうな顔で話している

ちょっと耳を傾けると、earthquakeやらJapanのワードが。

これは、と思い聞いてみるとあのおばさんの話は本当に本当だったらしい。

震源地を聞くと、「宮城、福島」

とりあえず新潟ではないことで、一安心はしたものの

人から聞いた情報なので定かではない

早くシアトルに戻って事実を知りたい…

家に帰ってきて母からのメールを確認するまで心配で仕方なかった

情報が入らないとはなんと怖いことなのだろう、と初めて思い知った

一日やそこらネットが繋がらない環境にいたって平気だろうと思ってた

家族や友達の無事を確認できないと生きてる心地がしない…

被災した人は今どんな思いで過ごしているのだろう

新潟は少しの揺れで済んだらしいけど東京もお台場が炎上したり

ルミネのガラスがばりばり割れディズニーランドも閉館

電車など交通機関は完全にマヒして帰宅難民が街に溢れる

次にくるのは深刻な食糧問題

コンビニ、スーパーは空っぽ

食糧を必要な場所に届ける手段がない

運よく津波は免れても、二次災害が後を絶たない

今も続く余震、救助が間に合わず屋上でSOSを掲げる人たち。

「警報では2メートルの予定だった津波が、気付いたら10メートルに。

心配で外を見てみるとすぐ近くまで波が押し寄せていて、

身ぐるみのままとにかく走った」と言ってる人がいた

まるで映画のようだと。

目の前にあるのが現実だったらどんな気持ちになるだろう。想像もできない。

海岸から10キロ先まで届いたという津波

これが新潟だったら、新潟高校は完全に流されてる

もし、上所小学校も、鳥屋野中学校も、新潟高校も、

自分の家もおばあちゃんの家も親戚の家も友達の家も

全部流されて何もなくなったらどんな気持ちになるだろう。

まずは命が無事ならそれでいい。

でも悲しみは絶えない、ずっとずっと続く。

被災しなかった人は、今は大きな関心事でも

何事もなかったかのような日常が、いつかはくる。私にも。

でも、日常を一生取り戻せない人が何万人いるだろう?

地震は仕方ない…と言っても割り切れない、やりきれない悲しさ。

津波の映像を見ても、どこか信じられずにいたけど

家を失った老人たちが、毛布にくるまって道路に座っている写真を見て、初めて涙が出た

生活が、いっぺんになくなった

そして弱い者ほどダメージを受ける

世界中の国がみんな協力して、助けにきてほしい。

戦争してる人たちはすぐにやめてきてほしい。

「今度は我々が」とNZの救助隊はすぐに駈けつけてくれたというニュースを見て

人を助けられるのはやっぱり人だ、と胸がいっぱいになった

日本中全員が、ひとりひとりできることをすれば、いいと思う

たくさんの優しい心が集まれば傷も少しは癒えるかもしれない。

と思い、今はこっちでできることをします。日本、がんばろう。