りなっくま日記

カナダ人のスコットと国際結婚、初マタ🤰

友達と親友の違い

今日はなんとなくそんなことについてぼーっと考えた1日だった

私はもともと、人間関係は『狭く深く』タイプの人間で、

無理にそうしてるわけじゃないけど

小、中学と自然とそうなってたんだ

多分、人より友達への依存度が高いと思う

強そうに見えて案外弱いから本当に信用できる人にはとことん、ってタイプなの

だからドライに人と関係できる人って逆にすごいなあって思う

それだけ自立してるってことだから

でも、高校きて大人数の楽しさも知った

いい人たちばかりだから

大人数でも楽しくて

今まで苦手だったのが嘘みたいに

わいわいやるの大好きになった

とくに行事とかはそれが醍醐味だよね

確かにこう大人になってくにつれて大人数にも慣れて、『広く浅く』でも振る舞えるようになった気がする

でも、やっぱり人って根本は変わらなくて、理菜の行き着くところは『狭く深く』なんだな。

例えば10人のグループでいるとして、

集まってればそりゃ楽しいけど

一人一人と完全に理解できるはずがない

ただその『グループ』としての理解や楽しさがそこにあるだけで、個人としての関わりは浅いものになるだろう。

そうだったなら理菜は一人の人と付き合って、深く知って理解する方が好きなんだ。

それじゃ世界は狭いだろ、って思うかもしれないけど、浅い付き合いで何か得るものがある気もしないんだ。

理解が深いからこそ相手のいろんなことに気付けるし、自分の短所にも気付く。

そもそも『狭く深く』の方が安心できる。

浅い付き合いだとその人の把握できない部分もあるから不安なんだ。

じゃあどんな人が本当に信用できるか、

親友とはなにか、

って言ったら、

理菜は『自分を裏切らないって心から思える人』、だと思う

あいつのこと好きだから裏切れないなーって思う人、誰でもわりとたくさんいるよね。

けどさ逆に『あいつは自分を裏切らないなー』って心から信じられる人はそんなに多いものじゃないと思うんだ。

自分は好きだけど・・・・場合によってはそいつは自分を裏切るときもあるかもしれない、って思わなくもない。

だから親友って呼べる人は片手で数えられる人数しかいないなあ。

もちろん、友達はみんな好きなんだけどね

親友になる人って付き合いの長さはあんまり関係ないんだと思う。

『あの人とは付き合い長くてよく話すけど、親友ってほどじゃない』って人もいるし

逆に『出会ったのはわりと最近だけど、こいつは信用できる』って人もいるし。

詰まるところ、人間性なんだろうな。

同じ話をしたときのリアクション一つで誰が本当に自分を理解してるかどうかが分かるんだ

別に自分に興味がないんだなって人は適当な相槌、場合によっては聞き流し、自分の話題に変えるとかするけど、

自分を理解しようとしてくれてる人は

その姿勢がリアクションに表れるんだよね

気が利いた言葉とかじゃなくて

ちゃんと感じてくれてる、って感じる

理菜の全部を好きになってくれる人じゃなくて、いいところはちゃんと認めてくれて、悪いとこも分かってくれてる人だな。

そーゆう人はなかなかいない。

でもいるだけ幸せだと思う。

自分が『こいつは信用できる』って感じた人はだいたい外さない

まあ、たまに失敗もするけど

何気なく『理菜って○○なんだよね』とかあっちが言ったときに、

『ああ、やっぱりこいつ分かってたんだ』って思う。

まあこれは偏見かもしれないけど、

誰にでも好かれる世渡り上手タイプの人をあんま信用できない体質で

『浅いから広く人脈があるんだろう』

『だから裏がありそう』

って勝手に思ってて

そーゆう人よりは、

自分だけの理解者を求めてた

でも光は例外だな

光とはもう別れたけど

彼氏だったからじゃなく

一人の人間として見ても

あんなに裏がなくて本当に信用できる純粋無垢な人って世界中どこ探してもいないって言える

無条件で信じられるっていうかね

多分彼と関わった人はみんなそう思うだろうな

だから誰にでも好かれるんだろう

彼を羨ましく思うけど、そんな彼が身近にいることにまず感謝しなきゃだし自分もそうでありたいな

少なくとも何人かの親友には、

裏がなくて純粋無垢で

信じられる人でありたいです。

分かりにくい文章を長々と読んでくださってありがとう。

すっきりした。